2011年08月31日

羽越本線 桂根〜新屋


こんにちは、こまくさです。



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701系テラかわゆす

翌日はせっかくなので朝5時に起きて、あけぼのを狙いました。
とはいっても大した土地勘もないので近場の新屋で撮影。

ちなみにこの701系、よく見ると更新機。
起動時のあの独特の唸りが聞けなくなるのは非常に残念。魅力減です。

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2011年08月30日

土崎裏の主


他のブログ様などでも時より話題に上がる土崎の主・・
かもしか用485系の裏を見ると


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いました・・・キハ58-75です。

どうみても解体前な雰囲気を醸し出していますが
盛岡に未だ籍が残っているようです。







九州・西日本と相次いで消えていく中でひょっとすると最後のキハ58となりそうな予感?
ヘタするとkenjiよりも残りそうな気もします。


保存説もちらほらありますが、よく見るとテールライトが無くなってます。
というかまだ在籍してるのに部品抜かれるというのがなんとも・・w
最も今や部品取り先もなさそうなのですが

新津のキハ52がこの間207系達とまとめて海外へ運ばれた事をみても
譲渡用の保管でもなさそうですし、考えれば考えるほど不思議な存在です。







私の記憶が確かならばもう3〜4年位はここにいるような気がするんですが・・
もし詳しい事を知っている方がいればご一報お願いします(笑)




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2011年08月29日

元特急こまくさ/かもしか用 485系


こんにちは、こまくさです。


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3本中2本が土崎墓地で佇んでおられました。。
(余談ですが奥のカシ釜は99号機)


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2011年08月28日

奥羽本線 及位〜院内


こんにちは
こまくさです。


今週は両親の転勤先である秋田へ行ってきました
車で行くのは3回目なのですが、会津からだと約320km・・・
距離が距離だけになかなか馴れません。むしろ東京のほうが近い件

時間を考えれば磐越道〜東北道〜秋田道が最も早い方法なのですが
敢えて国道13号で山形縦断の方法を選びます(約5〜6時間かかりますが最短距離です)








雄勝峠にさしかかりるともう夕方17時過ぎでしたが
時刻表を見たらたまたまC寝台車こと701系さんが来そうだったんで



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ボケてます。。

「特急つばさ」や「特急こまくさ」無き今
新庄以北はもはや701系しか来ることのない区間となってしまいましたが
駅舎や路線付近は昔の奥羽本線のまま、ほとんどテコ入れされていないので
(一部、交換撤去などありますが・・)
個人的には当時を偲ぶ上で非常にお気に入りの区間です。

特に院内〜及位はこの付近では貴重な複線区間
幹線臭が無駄に漂ってて最高です。






せめて信越本線の189系妙高号の様に
余剰となってしまった485系かもしか車をこの区間に充てて欲しいなぁ・・と
考えながら秋田へ向かっていると
















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DSC_0446.JPG

彼らは土崎墓地にいました(涙

続く






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2011年08月21日

ED75-1039


●1976年11月生まれ
(ED75-1000番台のラストナンバー)

青森に配属され「寝台特急ゆうづる」や「急行八甲田」等
優等列車を中心に活躍。






●1986年11月(国鉄最後のダイヤ改正)

民営化に合わせほとんどのED75がJR貨物に
分配される中で、旅客会社であるJR東日本に籍を置く。






●1987年4月(民営化)

所属は引き続き青森とされ、寝台特急・普通列車を中心に活躍。
稀にJR貨物のヘルプにもあてられていた(らしい)






●1994年〜1996年頃

東北本線盛岡近辺に701系が登場し
客車列車が無くなると同時に仕事を失い保留車へ・・。









●2001年頃

車歴がED75の中では若い事もあり、JR貨物に転勤。









●2003年

突如、原因不明の致命的な故障を抱え保留車へ・・

















●2004年頃

記録的な大雪を観測し、期待の新人EH500金太郎の故障・修繕が続発。
さらに青森で収容庫が倒壊し中にいたED75 2両が再起不能となり深刻な車両不足に陥る。




そんな中で、長期保留車であったED75-1039の再整備計画に白羽の矢が立ち
その数か月後に2度目の復活を遂げる。

この時点で他のED75は更新機への改造が進んでおり、
貴重な原色機として注目を集め始める。





●2007年3月

全検施行。
窓枠が黒Hゴムとなったにも関わらず仙台で白く塗りなおす。
(関係者の方々の愛着が感じられます)








●2008年〜2009年

EH500の進出が著しく、ED75の運用が減り続け廃車が進む。
2009年時点で原色機は1034号と2両のみとなる。










●2010年5月

ついに定期運用から外れ、3度目となる保留車に・・・。
区名札受けに関係者の方々により「惜別」プレートが挿入され、
いよいよ引退の日が近い事を物語っていた。















●2011年3月上旬

EH500の一部不都合により
まさかの4度目の復活を果たした・・・・が
















●2011年3月11日

東日本大震災発生。
常磐線運用中に津波の被害に・・・・










ED75-1039.1.JPG





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前置きが長くなりましたが
こんにちは、こまくさです。


あの震災から5ヶ月が経過しましたが
ED75-1039は未だにその場所にいました。

海水の襲来を受け、約半年雨ざらしにも関わらず
非常に綺麗な状態を保っています。


ED75-1039.2.JPG

↑仙台方


常磐線 吉浜田〜山下1.jpg

↑いわき方


周辺は線路も架線柱も撤去され、廃線跡のような状態です。

ED75-1039は津波が襲来した際、
積載していたコンテナが流出する中で横転もせず、
中にいた運転士さんの身も守りぬいた様です。





全検後、わざわざゴムを塗りなおしたり
引退する際にも特製のプレートが付けられたりと
関係者の方々からも愛されているであろう名機なので
ここで朽ちて欲しくないですね。


この波乱万丈な生涯を迎えたED75-1039はまたファンの予想を裏切り
気が付けばちゃっかり運用に戻っていそうな気がしてなりません。





posted by こまくさ/かもしか at 03:12| Comment(5) | 常磐線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする